浜辺暮らし

束の間の逃避行

【短編】コラプス 第5章

橋に続く道の奥から定刻通りに完璧な姿勢制御の下で一切の音を立てることなく、宙に漂う洋館の幽霊のような静けさでバスが近づいてくる。

バス運転手は頭の中では事務仕事をこなしながら、その身体はコードに操られてマリオネットのようにハンドルを操り、微細な軌道修正を担当していた。

 

音もなく空気の揺らぎもなくバスは停車し、人々が乗り込む。

乗込む人々も浮遊する幽霊のように滑らかに淀みなく席に向かう。

乗り口のセンサと頭蓋のスロットに挿されたメモリが通信することで支払等の必要なことは全て処理される。

少し前までは顔認証や仕草認証などによる本人認識、体に埋めたマイクロチップによる非接触型決済が用いられていたが、いよいよこのバス路線でも技術の交替が起きていた。

 

1人、また1人と意識を抜かれた亡者共がタナトスに乗り込んでいく。

そこに、あの女はいなかった。

 

あの日、ボイド ー 空スロットの状態の人間 ーに見えたあの女は何故かバスに乗込むことができ、その狐目で窓の外に広がる市街の自然を見つめながら、どこか微笑んでいるようだった。