【短編】コラプス 第十一章
帰宅したオレは玄関先で職場から支給を受けたIBMを耳裏のスロットから抜く。
恐らく仮想空間上での職場では退社の挨拶でも済ませたのだろう。
それと同時に、先ほどまで奇妙な行動をとっていた肉体の支配がHMM(Health Maintenance Memory)から本来の脳に移る。
オレは普段通りに玄関を開け、ただいま、と夕飯の支度を台所でしている母親に届くよう声を出して、スニーカーを脱ぎ家に上がる。
先程まで身に着けていたポンチョやブーツといった装備一式は袋にまとめて物置小屋に格納済みだ。
廊下を歩く途中で体の筋肉の張りを感じたため、IBN上のメールサービスにアクセスしHMMから送信されてきた本日の運動結果を確認するが、いつもと変わりない。そんな日もあるかと痛むところを摩っただけで、最早それ以上の興味を捨てる。
オレは帰宅までの奇行に気づけない。
そもそもが無自覚での行動で、結果が虚偽のものだったのだ。
そこに予期せぬ行動がプログラミングされているなど、知る由もない。
今のオレがしているように深層メモリを敢えて掘り出してみないと辿り着けない認識なのだ。
何も気づけない阿呆のオレは、その日もご機嫌にDIMを頭蓋のスロットに差し込み、トリップしながら眠りに入る。明日もまた同じ日がくるのかと - ボヤキながら。